カナロコ

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かながわの記憶
 1945(昭和20)年

一面の焼け野原

撮影日不明

焼夷弾を浴び、焼け野原になった横浜の市心部。桜木町駅上空から根岸湾方向を撮影したものだ。写真下に連なる4本の黒い屋根は貨物専門駅の東横浜駅。現在のJR桜木町駅前のバスターミナルなどがあるところだ。その右、弓なりの形をした駅は京浜東北線の桜木町駅。

(横浜市史資料室所蔵)

生き残った横浜市民の足、市電

撮影日不明

焼けただれた車両を線路から外し、満員の客を乗せた市電はあえぎながら市民の足として活躍した。中区の曙町付近

(横浜市史資料室所蔵)

伊勢佐木町通り

撮影日不明

瓦礫の街となった伊勢佐木町通り。直撃弾を受けず焼け残った野澤屋(手前右)と松屋(その奥)

(横浜市史資料室所蔵)

徴用

9月2日撮影

横浜港大さん橋入り口には米軍の兵員輸送のため、神奈川中央交通のバスなど、県内で“生き残った”バスが徴用された

(横浜市史資料室所蔵)

横浜寶塚劇場

9月撮影

焼失をまぬがれた馬車道の横浜寶塚劇場(現在の関内ホール)は、「伊豆の娘たち」と「花むこ太閤記」を早速上映した

(横浜市史資料室所蔵)