カナロコ

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神奈川新聞社が戦後、神奈川県内で撮影してきた写真の一部をご紹介します。

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横浜くらしの風景

家 庭

1956年
 ガスがひけたら…

横浜市金沢区で醸造業を営む家庭の台所。11人の大家族を畑で作物を育てにわとりを飼うなどして自給自足しているという。

6、70年前から使い続けているかまどで炊事をしているが、お嫁さんが働きやすいよう「ガスがひけたら早速現代風にします」

1957年
 にぎわう暖房器具売り場

この秋一番の冷え込みになったこの日、にわかににぎわう伊勢佐木町(横浜市中区)・野沢屋(その後の横浜松坂屋、カトレヤプラザ)の暖房器具売り場。

ガスも電化製品も一般的ではなかったこの頃、中で炭を燃やす火鉢が暖房器具の主役だった

1958年
 3種の神器

伊勢佐木町(横浜市中区)の松屋(建物は現在のエクセル伊勢佐木)に並んだ、白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機。所得水準の向上などでこの頃から「3種の神器」として家庭に普及し始めた。

このうち「もっとも尊いもの」とされた冷蔵庫は、「大会社の課長クラス」が対象の価格で、一家に一台にはまだ遠かった

買い物

1954年
 惣菜店の喧噪

横浜市鶴見区の商店街の一角。夕方になると惣菜店は買い物客の喧噪で包まれる。

ふところ具合も寂しい月末の買い物風景を捉えた本紙グラフ。この1コマには「あの顔もこの顔も…想いはひとつ…」とキャプションが付けられている

1969年
 値下げ音頭高らかに

物価上昇が家庭生活を直撃する中、汐見台(横浜市磯子区)にやってきたのは、産地直売をうたう移動スーパー。

流通の中間段階を省き、食パン1斤25円、キャベツ1個40円など市価の半額近くで、左近山や勝田など市内の大きな団地を巡回した。